このストーリーのどこがアシモフだと首を傾げながら観ていたら,
最後のドンデンで,
コンピュータが人間を支配しようとし,
その理由が,三原則を忠実に実行しようとしたら人間から自由を取り上げざるを得ないから,というところがたしかにアシモフだった.
スタッフロールを見ていたら,
アシモフの I,
Robot は
suggested
by となっており,
それなら納得できる.
ただ,
ヴィキの行動が,
人間に反乱を起こしているように見えるところがいただけない.
もちろんそうではないのだが,
アシモフは,
人間に反乱するロボットいう陳腐なSFに嫌気がさして I,
Robot を書いたのだから,
そう見えてしまうというだけでもアシモフへの侮辱ではないだろうか.
CG はとにかく凄くて, 不自然さをほとんど感じさせないレベルにある. 大画面と最新の音響設備が備えられた映画館であのアクションを観るというのは, 確かに映画の醍醐味の一つだ. その点では十分に満足した.
だけど, ストーリーはどうかな.全体としてそう悪くはないのだが, キャルヴィン博士があまりにもバカに描かれているのが納得いかないのと, ヴィキのロジックに対してまったく無批判なところが非常に不満だ. ここをきちんと描けば深くなるのだが, 1体だけ造られた三原則抜きのロボットが「あまりにハートがない」と言うだけにとどまるのはいかがなものか.
だって, ヴィキの論理は正しいんだから. 少なくともアシモフはそう考えていたのではないか. I, Robot ではロボットによる人間の支配が, それとわからない形で行われるようになるのが結末だし, 別の三原則ものの短編には, ロボットこそが, ロボットが守るべき「人間」なのだという作品もあったと記憶している.
アシモフには, 三原則ものではないが, もっと過激な短編もある. 題名は思い出せないが,こんな内容だ.
一般に, 生物は後継者を生み出したとき, 同時に自らが退場してゆくための道も用意している. 人類も, コンピュータを発明したと同時に原子爆弾を発明したということは…
核の恐怖の下で書かれたことは推測できるが, そういう時代性を抜きにしても, 人類も進化の1ステップにすぎない, 次のステップが有機生命体である必然性などどこにもないという視点はすぐれてSF的だと思う.
さすがにこういう視点を娯楽作に求めるのは筋違いだと思うが, 「あまりにハートがない」では苦笑するしかない.
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