それほどできのよい映画ではないと思うが,映画としての感想を云々する以前に,
中心となる秘密にまつわる論理が納得できないのが痛い.
鑑賞中もずっと首をかしげていて落ち着けなかった.
いちばんのポイントは,ソフィーがイエスの子孫だということだよねえ?
DNA鑑定という言葉が出てくるので, 血脈の証明は科学的になされると考えられているようだ.しかし, それをどうやってやるのか,見当もつかない.
たしかに, ソフィーがあの棺に納められている女性の子孫であることは証明できるだろう. だけど, 棺の女性が本当にマグダラのマリアであることをどうやって証明するのか判らないし, 百歩譲ってそれができたとしても, ソフィーにイエスのDNAが入っていることの証明はどうやるんだ? ソフィーが,ある男性とマグダラのマリアの間に生まれた子供の子孫であることしか言えないのではないのか?
原作を読んでいないし読む気もないが, 原作ではこのあたりの論理展開がきちっとなされているのだろうか.
それとも,ぼくがとんでもない見落としをしていて, 映画もちゃんとつじつまが合ってる?
誰か教えてくれないかなあ….
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たにちゃん: 2006-06-11(日) 23:47:10
>たしかに,ソフィーがあの棺に納められている女性の
>子孫であることは証明できるだろう.だけど,棺の
>女性が本当にマグダラのマリアであることをどうやっ>て証明するのか判らないし,百歩譲ってそれができた
>としても,ソフィーにイエスのDNAが入っている
>ことの証明はどうやるんだ?ソフィーが,ある男性と
>マグダラのマリアの間に生まれた子供の子孫であるこ
>としか言えないのではないのか?
そうですね。horusoさんの指摘はまさにその通りだと思います。実際証明できませんもんね。
その上で、あえて、私の浅はかな見方を書きますと、ミステリーとしては、horusoさんのいう決定的な穴が浮き彫りになりますが、宗教的(歴史的)には、たとえその穴があったとしても納得できるかなというのが私の感想です。なぜなら、結局、宗教というのは「論理的に正しいか」ではなく、「大多数の信者が信じるか否か」がポイントと考えるからです。(実際、聖書の記述もそれを信じない人間にとっては、矛盾だらけでも、信じる人にはかけがえのない奇蹟となるわけですし。)
もちろん、ダヴィンチ・コードは架空の小説です。仮に現実に映画のような事態が起こってDNAが一致した場合、論理的にはhorusoさんのおっしゃる通りなのですが、それを事実と判断するのは、人々の精神なり信仰である以上、論理を超えたところで、映画に描かれたような危機は出てくるのかなとか思ってしまったわけです。
浅学の上、うまく表現できず、本当にすいませんm(__)m
これに懲りずまた遊びに来てください(^^)