スザーネ・ラウテンバッハー (Vo)
バッハ: 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ (Vox, SVBX526)
バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータは, ぼくがもっとも愛してやまない曲集のひとつだ. 当然のことながら世の中には同じ想いの人が多いのだろう, コンサートやCDで数多く取り上げられるので,名演もあまた存在する. ぼく自身,コンサートを含め,これまでにどれだけの演奏に触れたか数え切れないが, 現在手元に残っている10種類ほどのCDはどれも素晴らしく, 2位以下を決めるのは容易ではない.だが,1位についてはずっと迷う必要がなかった. 15年前に出会って以来,前橋汀子の演奏が変わらずその地位を占めてきた. ぼくにとってこれを超える演奏に出会うことはついにないのではないかと思い始めていた.
そんなとき,このCD-Rを入手した.
ラウテンバッハーの無伴奏は, 64年に録音されたものをすでに持っていて, これもいい演奏ではあるものの, 前橋を超えるほどには気に入らなかったので, この73,74年版にもそれほど大きな期待をしていなかった. ところが, 最初にかけたソナタ第1番の冒頭, 少し聴いただけで, 「これは…」と思わされた. その想いは音楽が進むほどに強くなってゆく. 雷に打たれたような感動というのではない. 聴き進むほどにじわじわと心にひろがってゆくような感動と言ったらいいだろうか. 月並みな表現だが, 至福の境地に誘われるような心持ちで, 気がつけばうっすらと涙さえ浮かんでいた.
ぼくは,一部で高く評価されているペトレの演奏はあまり好きではなく, それよりはシゲティ―前橋の系譜に連なるような演奏が好みだ. 精神的な演奏という言葉はあまり使いたくはないのだが, とはいえ,深いと形容せざるを得ない演奏は世の中にあるように思う.
ラウテンバッハーには,シゲティや前橋のようなゴツゴツした感じはなく, もっと自然なのだが,それでいて何とも言えない深みを感じさせる.
加藤幸弘さんの掲示板でのKUROさんという方の評.
なんと言えばいいのでしょうか。 これほどの気高い演奏はこれから先も出会うことはもうないかもしれません。 それほどに感銘をうける内容でした。 ただし、 一度や二度聴いただけでは、 なかなか全てを理解できるものではない所がちょっと厄介ですが・・・まさに大人の音楽が間違いなくそこに存在しているのだという実感を与えてくれる演奏だと思います。
2006/10/6現在で,280種!ものCDをお持ちのT.S.さんの評. この方の賛辞はぼくのものなんかと違って権威がある.
正統路線を極めたかのような堂々たる演奏! 何の迷いも感じられないひたむきな表現に,そして淀みのないテンポ感, 静かな推進感に心奪われます。 深々とした重音の響きの美しさ, 一つ一つの音のつながりの美しさ, これはもう芸術的「技」としか言いようがありません。 技術的にはそれほどキレの良い演奏ではありません。 正直言って「あれっ?」という第一印象でした。 しかし, 聴き進むにつれてそんな印象はどこかに吹っ飛んでしまいました。 なぜそんな不満を持ったのか,今となってはもう思い出せません。 味わい深い好演!
まだこのCD-Rを入手して半年も経っていないが, さて, 今後, これよりも気に入る演奏に出会うという幸福がぼくの人生に待っているのかどうか. それは望みすぎのような気がしている.
東京事変
大人(ADULT) (東芝EMI - TOCT25884)
テレビを一切見ずにあまり世の流れに関係のない職場にこもっていると, こちらから興味を持たない限り,世間で起こっていることが全然わからなくなる. だから,しばらく前にふとしたことから耳にした椎名林檎は, その名前すら知らなかった. ここ15年ほどはいわゆるclassical music以外の音楽はほとんど聴いていないのだが, それでも少しは他の音楽にも接することがあり, その中では間違いなく最大の収穫. ピンク・フロイドあたりのプログレでとまっていたロック受容を後悔させられたほどだ.
だから, 無罪モラトリアムも本盤もほぼ同時に接したという, 同時代的な思い入れのない, ある意味公平な立場で言わせてもらうと, 本盤は椎名林檎の(これまでの)最高傑作だと思う. アルバム中, どこを切っても最高としか言いようがないが, しいて一カ所だけ挙げるなら, 雪国ラストから歌舞伎へつながる部分のドラムス. もう鳥肌もの.
ネットを見て回って,本盤に比べて無罪モラトリアムがいかによかったかという声が多いのに驚くと同時に, 吉田秀和氏の文章を思い出させられた.
多くの芸術家が, その第一作で決定的な声価を獲得し, その後は, 人間的にも芸術的にも, より成熟した創作をしたにもかかわらず, いつも, 第一作に及ばない, あるいは第一作のもっていた否応なく人をひきつける魅力にかけるといって非難されたり, おしまれたりしてきた. ゲーテは, 随分あとあとまで, 『ヴェルテル』のような作品をもう二度と書けなくなったといわれ, げっそりしていた. ベートーヴェンは, あのすばらしい『エロイカ』を書き, 第四, 第五, 第六交響曲を発表したあとでさえ, 「第一交響曲のあのみずみずしい自発性を失ってしまって, ただもう難解で晦渋で, わざとらしい作為のめだつ曲ばかり書くようになった. ベートーヴェンよ, 第一交響曲に戻りたまえ」という説教を, くりかえしきかされて, 憤激していた. こういう例は, まだ, いくらも, ひろえるだろう.
事変という言葉は, 騒乱や(宣戦布告なしの)戦争と無関係に使われる場合もあるだろうが, ぼくが連想するのは満州事変や日支事変だ. おおかたの人もその類の事柄を頭に浮かべるのではないだろうか. ツアーにもダイナマイトの呼称を使ったらしく, 確信犯と思われるが, 「事変」に痛みを感じる人も少なくないことを鑑みれば,挑発的に過ぎる気がする.
ディノ・チアーニ (p)
モーツァルト: ピアノ協奏曲 K466, K491 (DYNAMIC - CDS452)
買ったまま封も切らずに置いてあったチアーニのモーツァルトを聴いてみた. 名曲中の名曲, モーツァルトのピアノ協奏曲第20番と第24番のカップリング. 音が流れだしてすぐに愕然とした. あまりにすごい演奏に? いいや, あまりにひどい録音に.
思わずジャケットを確認したら1970年のライブ・レコーディング. とてもこの時代のものとは思えないような録音だ. まずはマイクが妙に遠い. それなのに観客の咳払いはすごく近く聞こえる. まるで客席で録音したみたいだ. 1,2回バーンと大きなノイズが入るし, まれにテープがよれているような感じの歪みさえある. 最悪なのはピアノの音色がいくぶん金属的なこと. もともとはとてもきれいな音色らしいのに.
だが, しばらく我慢して聴いていると, だんだん音の悪さを忘れてしまっている自分に気づいた. 実にユニークな演奏. カデンツァはごく普通の, モーツァルトが書いたもののはずなのに, 初めて聴くタイプのものに思える. うまいな, と感心していたら, 続くロマンツェには心底魅了されてしまった. どう形容していいのかわからないが, 引きずり込まれるとしか言いようがない. 24番でも, テンポの遅い部分や弱音が抜群によい.
20番と24番は, 内田光子, バレンボイム, ハスキル, ビルソン, シュミット, ワルター, カーゾン, マリナー, アンダ, カサドシュ, ハンあたりのCDを持っていて, 内田光子とアンダのものがなかでも気に入っていたのだが, これはことによるといちばん好きな演奏になってしまったかも….
このピアニストは初めて聴いたが, まったく驚かされた. さっそくボックス2種(ディノ・チアーニ トリビュートとディノ・チアーニ・コレクション)を注文. 届くのが楽しみだ. だって,ショパンのエチュードのこんな感想を読んでしまったら, 期待もいや増すばかりだ.
エチュードの僕の愛聴は、コルトー、ヴィルサラーゼ、ロルティ。 それぞれに難曲に真摯に対峙していて、どれも爽快感に溢れている。
だが、本当に、圧倒的に素晴らしかったのが、ディノ・チアーニだった。 アシュケナージほどの技巧の冴えがあるわけではないのだが、 とにかくファンタジーに満ちている。
三度で滑らかに上昇していくさまは、まさに音が天に昇っていくようだし、 しなやかに下降してくるさまは、水面に光きらめく清流を感じさせる。
武久源造 (Cembalo)
バッハ: ゴルトベルク変奏曲 (ALM Records - ALCD1013)
もう少し若い頃なら ゴルトベルクのCDはこれしかいらないと言ってしまったであろう, 驚くべき, 決定的名盤.
ゴルトベルクのCDは他に10種類ほど手元にあるが,このCDに出会うまではEdith Picht-Axenfeldのものを愛聴していた.いまでも, 第8変奏など,部分的に武久の演奏より好きなところもあるが, まず手が伸びなくなってしまった.
まず冒頭のアリアの美しいこと!この慈しみと癒しに満ちた旋律を, 味わう暇もなく快速に弾きとばしてしまう演奏はぼくにはとんでもない. かといって, ただ遅いだけではどうしようもないが, 武久のはゆったりと味わい深く,人生のように流れる.
続く第1変奏の入り方が絶妙. ぼくは, これまでどの演奏を聴いても, 少しうるさいと感じてしまうのが常だった. 第1変奏は勢いがあるので, アリアが優しく消えていった直後だと, どうしてもそんな風に思えてしまう. グールドの新盤は論外だが, 他の演奏でもいつもかすかな不快感があった.
ところが, 武久のは, 「そっと」と形容すると言い過ぎだが, ごく穏やかに滑り込んでくるようななめらかさで入ってきて, これから,もう一度ここに戻ってくるまでの, 喜びに満ちた長い旅が始まるのだという気持ちにさせてくれる.
もうひとつ,この演奏ではチェンバロの音色がたとえようもなく美しく, いつまでも聴いていたくなる. この音の良さについては興味深いことを書いているページがあった.
あるチェンバロの演奏会をきっかけにして、チェンバロの音が苦手になりました。また、あるレコードを聴いて、バッハのゴールトベルク変奏曲が苦手になりました。その苦手意識を追いやってくれたのが、武久源造のCDでした。
それにしても, バッハ, バッハ, バッハ. この奇跡のような曲について,何を書くこともできないので, ライナーノーツの武久の言葉を引用する.
録音を終えたとき, このような素晴らしい曲がこの世に存在し, それを, ある緊張感を持って体験し得たことに対する, 言い尽くし得ない感謝が心に満ち溢れていた. ただ, 恵によって私の中に起こされた愛が, この偉大な作品にほのかな良い香を添えるものであって欲しいと願うのみである.
ドミニク・ドゥ・ヴィリアンクール (Vc)
バッハ: 無伴奏チェロ組曲(全曲) (EA Records - EA 0312)
田舎住まいを始めてから, コンサートに行く機会が激減し, 音楽界の動向にも興味がなくなってしまった. 最近評判が高いらしい, このドミニク・ドゥ・ヴィリアンクール(Dominique de Williencourt)というチェロ奏者のことも全然知らなかった.
約3ヶ月前にアリアCDに注文していたCDが今日届いたのだが, そのときの気持ちをすっかり忘れていることもあり, 何の先入観もなく2番から聴き始めたが, プレリュードが始まるなり, 「おおっ」と思わせられた. なんと文学的なチェロだろう. 明るく軽めの音はぼくの好みとは違うのだが, 素晴らしくうまくて, 聴き惚れてしまった. それにしても, こんなに思い入れたっぷりに間をとりながら弾かれたサラバンドは聴いたことがない.
ぼくは同じ曲のCDをたくさん買う方ではないのだが, それでもバッハの無伴奏チェロ組曲なら10種類近く手元にある. その中ではビルスマの新盤がぼくのスタンダードだ. なにせ一時は運転中のBGMはずっとこれだったので, 一体何回聴いたかわからないほど. ことによると3桁に乗っているかもしれない. 必然的に,これがいちばんしっくりくる演奏なのだが,最近は, T.S.氏の素晴らしいバッハ:無伴奏チェロ組曲 CDの感想のページで次のようにべた褒めだったモルテン・ツォイテン(Morten Zeuthen) のものを気に入って聴いていた.
「これはすごい!」と最初の数小節を聴いて心の中で叫んでしまいました。 颯爽としたテンポで躍動感に溢れており, 明るく引き締まった音色にも魅了されます。 力強く, また, しなやかに, 柔軟性に富んだ表現も素直で嫌みがありません。 しかもこれだけの演奏でありながら, 余力さえ感じさせる技術レベルの高さにも脱帽です。 何より演奏者本人が心底演奏を楽しんでいるということが, この活き活きとした音楽を通して伝わってきますし, 聴いているこちらまで心躍ってくるところが本当に素晴らしい!です。 バッハってホントにいいなぁ... と感動しました。
が, あまりにスポーツ的に聞こえることに物足りなさを覚え始めていたので, 胸にしみいってくるようなこの演奏はとても新鮮に感じた. テンポを揺らしすぎのところがいつか鼻についてきそうな気もするが, 当分はこの盤に手が伸びそうだ.
ヴィリアンクールの演奏,いまでも気に入っているが,現時点でのダントツ愛聴盤は,フルニエの1959ジュネーブ・ライブ.ビルスマはもう聴かなくなってしまったなあ….どこがどういいかは,ネットでいくらでも出てくるが,たとえば
T.S.氏の文章がぼくの気持ちにピッタリ.