2006-03-11

キング・コング

オリジナルとかけはなれた方がよかったかも

キング・コング ピーター・ジャクソン監督は, オリジナルの1933年版を観て監督を志したと言うだけあり, オリジナルへのリスペクトが随所に感じられたし, 筋も基本的に同じだが, 違うところもある. その最たるものは, コングとアンが心を通わせるところ. しかし, これはダメだ. アンに拒絶されたままだからこそ, コングの悲劇が際だつのではないか. そうでないと, “It was beauty killed the beast.”という言葉が生きない.

本当は1933年版もそうなのだが,この2005年版のような描き方だと, このセリフを呟く監督に向かって, 「おまえが殺したんだろ!」と突っ込みたくなる.

あの最後の台詞は、有名なのだろうけど、「連れてきたお前のせいじゃ!!」と最後の最後にカールにムカついたのは私だけなのだろうか?

やっぱり,そう思うよねえ.

ナオミ・ワッツが,インタビューで, いまどきの観客が悲鳴を上げるだけの女性を観ても面白くないでしょ, という意味のことを言っている.

面白いかどうかはさておき, そういうキャラクター造りがもはやできないというのはよくわかる. そして,そうなのだとしたら,コングとアンが心を通わせるのは必然となる.

ということは, 残念ながら,現代においてキング・コングを忠実にリメイクしようとした時点で, 最初からすでにオリジナルを越えられないことが約束されていたと言えるだろう.

映画は時代と切り離せない芸術なのだということが改めて確認できた気がする.

CG技術もここまで来たか

想像はしていたが,映像があまりにもリアルなのには驚く. 草食恐竜群と人間たちが一緒になって疾走するモッブシーンだけ若干不自然さを感じたが, 他はひたすらリアル.コングとティラノサウルスが戦うシーンなんて, 本物としか見えなかった. この映像を観るだけで映画館に足を運ぶ意味は十分ある.

個人的に記念すべき映画

本作は6歳の息子にとって初めて映画館で鑑賞した映画となった. 1933年版のDVDでキング・コングが大好きになっていたので, そろそろ初体験をさせなくてはと考え,おそるおそる連れて行った. 怖がって途中で出ないといけないかもしれないと考えていたのは杞憂で, コングが出てくるまでは退屈そうだったが(無理もない, 字幕が読めないので映像だけだし,そもそも前半は長すぎたと思う), 後はすごいのめり込みようだった.

途中からもう涙ボロボロの妻を横目に,父の威厳(笑)を保っていたが,

  1. コングがクロロフォルムにやられて昏睡する直前, アンに向かって手をさしのべるときに見せる物問いたげな瞳.
  2. エンパイア・ステート・ビルディング上で,かなり傷ついたコングが, 最後の力を振り絞って飛行機を威嚇する,悲鳴のような雄叫び.

この二つには危うくやられそうになった.

追記

コングがエンパイア・ステート・ビルディングに上って墜ちたのは, アメリカ資本主義に敗れ去る自然の象徴のはずなのに, 1933年版と違って2005年版はそんなこと微塵も感じさせなかったな, と思いながらネットを見ていると,刮目すべき記事が.

だけどね、 NYから十分逃げおおせたにも関わらず、 愛するあんたに夕陽をみせる為、 エンパイア・ステート・ビルディングに上ったお陰で殺されたってゆーのに、 別の男の胸に自ら飛び込むってどういうことよ?

コングは本作ではアンに夕陽を見せるために上ったのか! 言われてみればそのとおり.ちつ子さんに感服というか, 自分の間抜けさ加減にあきれるというか….

ようするに,1933年版とは似て非なる物語だったワケね.そう考えれば, 確かにちつ子さんが上記引用の後で書かれているとおり, オリジナルと違い,アンと人間の男との恋愛感情はいらない,あるいはうまく描けていないな.

ところで,ちつ子さんのエッセイ,まだ斜め読みだけど, どれも読み応えがあって必読と言える.

[2006/3/12 追記]

アロハ坊主さんの記事でも,夕陽の件が書かれていた.映画の文法から言っても,気付かされてみれば当然至極で,これを読み取れなかったのはほんと情けないよなー.1933年版のことを忘れて観ていたらまさか見落とさなかったよと自分を慰めたい.(笑)

その解釈を、監督(および脚本家)はゴングが髑髏島でアンと見た美しい夕陽と同じように見える場所がエンパイア・ステート・ビルで、ゴングは二人で一緒に同じ夕陽を見たいがために登ったのだと描いている。

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2006-03-08

大人

最近,車の中ではほとんどコレ

大人(ADULT) 東京事変
大人(ADULT) (東芝EMI - TOCT25884)

テレビを一切見ずにあまり世の流れに関係のない職場にこもっていると, こちらから興味を持たない限り,世間で起こっていることが全然わからなくなる. だから,しばらく前にふとしたことから耳にした椎名林檎は, その名前すら知らなかった. ここ15年ほどはいわゆるclassical music以外の音楽はほとんど聴いていないのだが, それでも少しは他の音楽にも接することがあり, その中では間違いなく最大の収穫. ピンク・フロイドあたりのプログレでとまっていたロック受容を後悔させられたほどだ.

歴史的名盤

だから, 無罪モラトリアムも本盤もほぼ同時に接したという, 同時代的な思い入れのない, ある意味公平な立場で言わせてもらうと, 本盤は椎名林檎の(これまでの)最高傑作だと思う. アルバム中, どこを切っても最高としか言いようがないが, しいて一カ所だけ挙げるなら, 雪国ラストから歌舞伎へつながる部分のドラムス. もう鳥肌もの.

もちろん1stアルバムもすごいけど

ネットを見て回って,本盤に比べて無罪モラトリアムがいかによかったかという声が多いのに驚くと同時に, 吉田秀和氏の文章を思い出させられた.

多くの芸術家が, その第一作で決定的な声価を獲得し, その後は, 人間的にも芸術的にも, より成熟した創作をしたにもかかわらず, いつも, 第一作に及ばない, あるいは第一作のもっていた否応なく人をひきつける魅力にかけるといって非難されたり, おしまれたりしてきた. ゲーテは, 随分あとあとまで, 『ヴェルテル』のような作品をもう二度と書けなくなったといわれ, げっそりしていた. ベートーヴェンは, あのすばらしい『エロイカ』を書き, 第四, 第五, 第六交響曲を発表したあとでさえ, 「第一交響曲のあのみずみずしい自発性を失ってしまって, ただもう難解で晦渋で, わざとらしい作為のめだつ曲ばかり書くようになった. ベートーヴェンよ, 第一交響曲に戻りたまえ」という説教を, くりかえしきかされて, 憤激していた. こういう例は, まだ, いくらも, ひろえるだろう.

だが,バンド名は好きじゃないな

事変という言葉は, 騒乱や(宣戦布告なしの)戦争と無関係に使われる場合もあるだろうが, ぼくが連想するのは満州事変や日支事変だ. おおかたの人もその類の事柄を頭に浮かべるのではないだろうか. ツアーにもダイナマイトの呼称を使ったらしく, 確信犯と思われるが, 「事変」に痛みを感じる人も少なくないことを鑑みれば,挑発的に過ぎる気がする.

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2006-03-06

県庁の星

映画らしくない映画

県庁の星・主役二人 試写会で見た. なんとなく映画という感じがせず, テレビドラマのようだった. テレビを持たず, ここ10年ぐらいはほとんどテレビドラマを見ていないのにそう言うのは的外れかもしれないが….

映画らしい力のある映像がないのがいちばんの理由だと思うが, それだけでもなさそう.少しネットを調べてみたら,この西谷弘という監督, テレビで鳴らしている人で,映画は初めてらしい.ま, そういうことなのだろう.

ネットで同じような感想を漏らす人がすぐに何人も見つかった. その一例.

TVの2時間ドラマだね。
映画としてはちょっと物足りない。

邦画らしい邦画, あるいは東宝サラリーマン喜劇の遠いこだま

この映画には, 源氏鶏太原作を中心とした東宝サラリーマン喜劇と通底したものを感じる.シチュエーションはまるで異質かもしれないが,観客に与える効果において似通ったものがあるのではないか.

もっとも, ぼくはそれらの映画を当然リアルタイムで観ておらず, そのうちのほんのわずかを後年テレビで観たにすぎない. クレージーキャッツ物は丹念に観たが, あれらは鬼子と言うべきで, 東宝サラリーマン喜劇の正統とは決して言えないだろう.

ただ, 源氏鶏太の諸作については, おばが集めていたおかげで, 小学生の頃かなり読んでどれも好きだったので, 雰囲気は過たずつかんでいると思う.

一体に, 邦画というと,その始まりの頃に関して, 浅草六区だの, 丁稚・奉公人の娯楽だのといった連想がなぜか働く. 字幕をトレースできないような階級の人々が明日への活力を得ていたという, 当たっているかどうかもわからない, ほとんど偏見的な思いこみがぼくにはあり, その意味からは, 東宝サラリーマン喜劇こそ邦画の本流ではないかと考えている. この映画に,その遠いこだまを聞き取るのは, 配給が東宝だからという牽強付会ではないと思う.

仕事がしたくなる

というのも, 映画を見終わったときに, なにか元気をもらった感じがし, 自分が「改革」の余地がある仕事を持っていることに感謝する気持ちにさせられるからだ.

まさに,東宝サラリーマン喜劇ではないか.

もっとも,こうした映画は東宝サラリーマン喜劇に限らず,昔の邦画にはよくあったタイプかもしれない.

追記

ネットで人の感想を読むと自分の立ち位置がよくわかってとても面白いが, そういう意味では, まるで異質な方の感想がためになる. たとえば, 下記に引用する,たにぐちまさひろ氏の感想を読むと, 氏が社会派であるというぼくの認識を再確認するとともに, オレって本当に自分のことしか考えていないエゴイストだなあと痛感させられる.

そして、この映画の中で気付く一番大切なこと。

官が悪い、民が悪いと足の引っ張り合いをするのではなく、長所も短所も受け入れながら、一緒になっていいものを創り上げようとする気持ち

なんだということ。

たにぐち氏の感想へのトラックバックから, どうもテレビドラマだなあという気持ちを的確に敷衍してくれているYin Yan氏のレビューを見つけた.

2時間11分かけて面白いテレビドラマのダイジェスト版を観た気分である。

言い得て妙.このレビューは引用した部分以外の記述も実に素晴らしく,必読だ.

もうひとつ,アロハ坊主さんの赤VS青という視点はとても面白く,ためになった.野村のネクタイの色なんて全然見てなかった!

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