2005-05-07

Mr. インクレディブル

The Incredibles = USA

Mr.インクレディブル Mr. インクレディブルが, 無意識にせよ人間を一段下に見下して, 「世界を救う」と口にしながら, 正義の名の下に誰彼かまわず「救って」感謝を(暗黙に)強いているのを見ると, やはりあの家族はユナイテッド・ステーツなんだろうなと思う.

すると, 力もないのにテクノロジーと金だけでヒーローに成り上がろうとしているシンドロームは日本なのか?

それは穿ちすぎかもしれないが,テクノロジーに多少関わる者として, シンドロームを悪役と割り切るのには抵抗がある.少なくとも, シンドロームをあそこまで追い込んだのはMr. インクレディブルだという気がしてならない.

アメリカそのもの

ネットでMar氏による興味深い感想を見つけた. ぼくはアメリカの対外的立場だけを感じ取っていたが,なるほど, アメリカ社会をよく反映しているという見方があるんだ.

ストーリーは、アメリカならではの発想だ。現在のアメリカを映し出している様でなんとも滑稽である。捜査のときに発生した補償賠償問題や誰でも簡単に訴訟を起こしてしまうアメリカの訴訟社会などが忠実に描き出されているようだ。

もうひとつ,すごく読み応えのあるレビューを見つけたが,その中で, シンドロームはアメリカ合衆国の建前を具現化したキャラクターだという興味深い指摘に続けて, 以下のように書かれていた.なるほど,なるほど.

特権階級とテクノロジー。作られた「悪」。アメリカ社会を映し出す鏡となっ ています。
こうしてみると「Mr.インクレディブル」はアメリカ合衆国のパロディ、また は風刺といえるかもしれませんね。

とにかく面白い

別にあれこれ考えなくても,とにかく面白い映画であることは間違いない. 脚本もよくできているし,後半のスピード感溢れる展開にはわくわくしっぱなし.ラストも決まってる.

アメリカに1週間ほど短期滞在して帰国する飛行機の中で観たのだが, 4回も繰り返して観てしまった.もっとも, 毎回完全に集中していたわけではないが.

息子にとって初めての映画

4回中2回は5歳の息子と一緒に楽しんで観た.

ぼくたち夫婦は基本的にテレビを見ず, たまにDVDを観るにしても息子が眠ってからなので, 息子はテレビ嫌いというか,テレビ恐怖症になってしまっていた. 以前は, 食事をとりに入った店でかかっているテレビに怯えて泣くので苦労したものだ.最近は泣きこそしなくなってきたが,映画館に行くなんてとんでもないし,一緒にDVDを観ることもほぼ不可能な状況だった.

ところが,ふとした拍子に,ぼくが観ている画面が目に入り, 目が離せなくなったようだった.そのうちに,最初はクスリと, 次第に,周りに気を遣うほどの大声で笑うようになった.

もちろんヘッドセットをつけていないので, まったく音なしで画面だけを観ているのだが,それでも結構楽しめるのは, やはりよくできた娯楽映画ということだろう.

単にモノが壊れたり,闘うシーンに興奮しただけかもしれないが….

いずれDVDを購入して,小さな音を出しながら一緒に鑑賞するつもりだ. これをきっかけに種類によっては映画が楽しめるようになってくれそうな気がする.そう言う意味でも,この映画には感謝している.

関連リンク

2005-05-02

ネバーランド

永遠の少年

ネバーランド 成長を止めてしまうことで衝撃から逃避しようとする弱い精神が, 大人になることでそれを受け止めようとする強い精神を感化してしまう物語.

…というのがちょっとずれているとしたら, 永遠の少年というものの光と影を描いた物語だと言いたい.

あんた,子供だよ!?

バリが, 「子供の頃兄が死に, 寝込んだ母親を慰めようと兄の服を着たとき, 初めて母がぼくを見た, そのときぼくの少年期が終わった」と述懐するシーンがあるのだが, 非常に違和感があった. そこまでの彼の姿がむしろ子供っぽく, とても少年期の終わりを自己認識したような大人とは思えなかったからだ. 逆に, 少年期がそこで固定されたのではないかという気がしたが, 後で脚本にはそのことがちゃんと示されていることがわかった. ピーター・パンの初演後のパーティで, 少年ピーターが, 「ぼくはピーター・パンじゃない. 彼です」とバリを指すシーンがあったのだ.

ピーター・パンはもちろん, 母親に忘れられたために永遠に少年のままでい続ける運命を背負ったのだから.

奥さんが気の毒すぎる

いちばん感情移入できた登場人物はバリの妻だ. 初演をこっそり見に来てバリと会ったとき,謝るバリに,いいの, あの家族がいなかったらこの芝居は書けなかったのでしょうと答える言葉は胸を打つ.

いつものように,感想を書き上げてから,ネットを見て回ったところ, 唯一完全に同意できる文章として,たにぐちまさひろ氏のものをみつけた.

“感動”この映画を表現するとき、誰もがこの言葉を口にします。しかし、自分には、むしろこの逆の感情がこみあげてくるのを感じました。
バリは、名声と、美しいシルビアと、愛らしい4人の男の子を手にしました。しかし、そのために、彼は本当に守るべき妻メアリーを何の感情もなく捨てたのです。 何とか夫の心を振り向かせようと、「私もネバーランドに連れて行って。」 と話すメアリー、ピーター・パン初日上映の日、 誰にも見えない場所でそっと舞台を鑑賞する彼女、そして、 「私は貴方の作品は必ず観てるわ。」そう語る彼女をバリは、 冷たく突き放すのみでした。

周りを不幸にする少年

結婚して暮らすということは少年には無理なのだから, バリが妻を不幸にしてしまうのは当然の帰結なのだが, あの家族も幸せにしたのかどうか.

バリの, 信じさえすれば…,というのは,ある意味現実逃避だからいつか破綻するのだ. シルヴィアの場合,死によって破綻を回避できたのだが,子供たちはあれからどうなるのだろう.

それこそ少年ではなくなってしまったぼくから見ると,どうにも後味の悪いストーリーからは,結局のところ, 永遠の少年というものは周りにとって迷惑でしかないという真実が浮かび上がってくる.

とはいうものの

ネバーランドが出現してくるシーンは映画の真骨頂とも言うべきで, 素晴らしいとしか言いようがない. バリの目に映っている世界と現実が素早いカットで交互に映されるところも映画的で,大いに気に入った. 透けて見えるピーター・パンの芝居も力があって魅力的だ.

あの家族との交流をきっかけにバリも成長を再開するといったストーリーなら好きな映画になったかもしれないと思うが, 事実に基づいている以上,それはないものねだりだろう.

がんばれ,ジョニー・デップ

ボストンへ向かう飛行機の中で観たのだが, お金を払って観に行かなくてよかったと思ってしまった. ジョニー・デップは好きなので,行きたい気持ちもあったのだが.

それにしても,ジョニー・デップには, よさそうなのにいまひとつな映画が多いなあ. いまのところ,妹の恋人が最高だと思う.

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